久しぶりの塾卒業生

2011年9月30日

・・・「え?帰っちゃたの?一別以来の様子とか近況とか聞きたかったのに。『忙しそうだ』と遠慮したのかな?2、3分待ってくれれば授業が終わったのに。」4教室を使っている時間に、廊下から顔がのぞいた。彼は大学生のときにも会っていたのですぐに菊池謙吾君だとわかった。廊下には他に女性が二人、梅津沙希さんと田中瑞穂さん。中学生のときからだから10年以上たつが、名乗ってくれて思い出した。3分で授業が終わるからその後で話を聞こうと思っていたら、遠慮したのか姿が消えていた。また顔を見せてもらいたいものだ。


2008年2月10日

・・・この10年ほどの間に塾で学び、塾で講師をしてくれた主なメンバーがそろった会、久々なのにそれを感じさせない楽しいときを過ごした。塾で講師をしながら司法試験に合格、今は横浜で判事補をしている渡辺君がアメリカへ留学するので昔の仲間と会いたいというのがきっかけ。田澤遼子さんがセッティングしてくれた。彼女もこの春から社会人になる。渡辺君と同い年でわざわざ横須賀から駆けつけてくれた藤林暁君、彼らの教え子でもある余吾聖君、下平卓也君、丸山諒太朗君。皆さんありがとう。


2006年12月1日

・・・田中正志君。約束の店に先に来て待っていてくれた。小学校6年になるとき以来だから16年になる。子供の頃の面影をわずかに残しながら、立派な社会人、そしてパパになっていた。いまは名古屋に在住。携帯で愛娘の写真を嬉しそうに見せてくれた。今回の会をセットしてくれた村川舞子さん、渋谷葉さんとも何年ぶりかになる。井上先生を交えて楽しいときを過ごした。


2006年11月12日

・・・田中一君の結婚を祝う会。小6になるときから高3まで塾に通い、慶応大学、大学院の6年間塾で講師もしてくれた田中君が結婚式を来年2月することになった。披露宴に受験間際ということもあり出席できないので今の塾の講師たち(田中君の教え子もいる)でまことにささやかな祝う会を開いた。いまは小田急電鉄に勤め自宅から通勤しているが結婚後は玉川学園前の社宅に入るという。きれいな婚約者も交え楽しい会だった。出席者は他に井上先生、余吾君、丸山君、長田深希さん。


2005年8月26日

・・・田中祐輔君。弟の映輔君が「今日兄があいさつに来ます」というので「何年ぶりになるかな、中学卒業以来一度顔を見せてくれてはいたが、7年かな。」などと考えているところへ、思い描いていたイメージをいい意味で裏切る雰囲気で現れた。筑波大学の3年になり、卒業後は中国の大連で就職するつもりだという。自分の考えをしっかりもった好青年に成長していた。中国へともにいくという結婚予定の彼女もともなって。


2004年9月14日

・・・三好裕子さん。夜9時過ぎ、中2の3時間目、窓越しに訪問者が見えた。「先生の顔を見て、ニコニコして入ってきたから、多分卒業生だ。」廊下に出てみると。「やせたね。先生!」すっかり大人びて化粧はしていても、話し方はそのまま、特徴のある目からだれだかはすぐわかった。「高校生のとき、一度来てくれているからわかったが、10年ぶりの井上先生はきっとわからないよ。事務室にいるから、昔話でもして待っていて。」私立中学高校後、既に大学は卒業、イギリス留学の関係もあって1年遅れで、来年から社会人になるという。5年生の冬、外食に出かけた先で、たまたま、わが夫婦と三好家一同が出合い、近い席で飲食をした折、彼女が緊張してなかなか食べられなかったということなど懐かしく語ってくれた。小学生の時、一緒に通ってきていた本多さんは既に二児の母であるということも教えてくれた。


2004年3月30日

・・・大野梓さん。塾の窓から小学校の満開の桜がまぶしい午後、ちょうど授業の間の事務室に顔をのぞかせた。愛嬌ある目は中学、高校時代そのまま。「先生、やせたましたね。」「うん、病気ではないから心配するな。半年以上前から、考えるところあって、お酒をやめている。」が最初のやり取り。この4月から大学を卒業して、システムエンジニアとして働くことになったと。数学では処理スピードが足らず、中学や高校では苦労していたが、理詰めで考えられる思考は優れていたから、きっといいSEになれるだろう。いま、塾で講師をしている田中一君と同期。彼らが中学を卒業して、もう8年もたつのか------!


2003年9月13日

・・・竹村春香さん、嵯峨真佐人君。土曜の午後、まだ塾には子供たちがいない早い時間、帽子をかぶった男女が現れた。「え?、連れだってどういうこと?」と思い聞けば、数日前のコンサートでたまたま出会い「塾でも覗いてみよう」と意見が一致、仕事の休みの今日約して訪れてくれたとのこと。嵯峨君はシステムエンジニアとして忙しい日々を送っているらしい。中学時代から数学が得意だったからその方向へ進んだのは当然だったかも。大学合格のときに顔を見せてくれてからだから5年以上たつ。竹村さんはいつ以来だろう。5、6年はたつだろう。中学卒業後何回か会っていたはずなのに、小5から中3までのぽっちゃりした感じとはずいぶん変わり顔も細くなっていたためすぐには彼女とはわからなかったくらいだ。英語を生かして頑張っているらしい。「あの、大きな三角定規はまだ?ありますか」というので何かと思えば「あれでゴツンとやられたのを覚えています。」という。「宿題をやってなくて」というがそんなこともあったのだろうか。最近の子供たちにはとてもそんなきついことはできないが、10年も前はそのくらい厳しいことも言ったのだろうし子供たちもそれに応えて頑張ったのだろう。「英語の書き直しもずいぶんやらされました。そのおかげで英語だけは何とかなりました。外人の友達も大勢います」と。竹村さんは東京に、嵯峨君はマリアンナ医大の近くに、ともに家族とともに転居しているとのこと、わざわざ塾を訪れてくれるとはまことにうれしいことだ。


2003年8月8日

・・・遠山怜子さん。夏期講習も休みに入り、塾内には井上先生と小2の数人と、他わずかしか残っていない午後、懐かしい顔が教室をのぞいた。母親は2年ほど前に姉の明子さんと顔を見せてくれていたのですぐにわかったが、怜子さんは小5のときに関西に引っ越していってから11年ほどたつからわかるはずもない。聞けば、今年大学の4年、来年からは大手化学会社に就職が決まっているとのこと。百合丘に用事があってきたついでに寄ってくれたとはいえ、ほんの2年ほど通った塾の事を思い出してくれるとはうれしいことだ。社会人になってもがんばって欲しいと思う。


2003年1月17日

・・・田中しのぶさん。前日、九州博多から電話が入り「明日上京するので塾に寄りたい」と連絡があった。4時頃携帯電話から今近くにいるが迷ってしまったとの事。道を教えるがうまく伝わらなかったようで悪いことをしてしまった。8年前に比べれば新しい道が通っていたりと随分変わってしまっているのだからもっと丁寧に教えるべきだったと反省。彼女が大学に入った年に九州に家族で引っ越していった。(妹の康子さんは高校一年を終えたところで転校。)30分ほど近況を聞かせてくれたり、写真を見せてくれたり。中学時代の真面目な努力家そのままに成長、今は法律事務所で働いているという。幸い、塾にデジカメをおいていたので2枚撮影、メールで送ってあげようと思う。


2002年11月7日

・・・小泉聡子さん。中学3年の塾テストの実施中だったが夜9時過ぎ静かに現れた。もう何年になるだろう。社会人になって3年目、新橋の大手食品会社の経理部で働いているという。大学に入学したときにあって以来だから7年ぶりかな。いくらか顔が細くなったようだ。小学校中学校と塾に通ってきていたが、よく努力する頑張りやさんだった。中学受験でふられた学校に、高校入試で無事合格、今風に言えばリベンジを果たした。中3の頃授業後によく質問されたが、最近の中学生に見習って欲しい努力家だ。バスでたまたま数日前に銅谷さんと乗り合わせ今日一緒に来ることを約束したという。銅谷もあいかわらず頑張っているようにみえた。

 


2002年6月28日

・・・藤茂健史君。中学生の帰宅後、紺のスーツにメガネをかけた青年が登場。私は、彼が大学生の時に会っていたからすぐわかったが、居合わせた井上先生は、彼が中学生のとき以来だから誰だかわからなかったようだ。システム構築の仕事についてもう既に2年以上がすぎ、毎日忙しいそうだ。今は王禅寺から離れ、中央林間に住み東京まで電車で通っているとのこと。わざわざ遠回りをして顔を出してくれたとは大変うれしいことだ。


2002年3月9日
・・・銅谷真純さん。まだ中3の授業中だったから時間が取れなくてほとんど話が出来ずに残念だった。社会人になって1年が過ぎたという。出版社に勤務とのことで、堪能な英語を活用して頑張っているらしい。彼女が小学生のころ、当塾では私と、ある一人の講師との間にトラブルが様々あり、彼女たちにも迷惑をかけてしまった。もう随分前のこと、15年ほど前のことになる。あの頃の子達が社会人として活躍を始めているのは喜ばしいかぎりだ。


2001年3月8日
・・・遠山明子さんと母上。彼女が中1から中2になる春休みに大阪に転居。そのときから8年が経つ。単身赴任で千葉県松戸にお住まいの父上を訪問しに上京したので立ち寄ってくれたとのこと。わざわざ、松戸とは反対方向の新百合ヶ丘まで来ていただけるとは感激ものだ。今は国立奈良女子大の理学部生物学科に在籍、大阪の自宅からは距離があるので寮生活をしているとのこと。彼女が小6のとき、普段は物静かに勉強しているのに、何の折か「レバ、大好き」とニコニコして言ったのをなぜか鮮明に覚えている。そのときのクラスには、今当塾で時間講師をしてくれている藤林君(早稲田理工3年)や、岡本君(立教2年)が一緒にいた。元気のいい彼らに混じって、細い体で頑張っていた。2つ年下の妹の怜子さんは神戸女学院の1年とのこと。姉妹そろって、よく頑張ったものだと思う。


2001年1月19日
・・・神原姉妹(真純、睦美)。妹の睦美さんは中学卒業以来10年ぶり、2歳上の姉の真純さんは小学校卒業以来だからなんと15年ぶりになる。真純さんは乳母車の中に健やかに眠る一才の子どもを連れていた。王禅寺に住んでいるので、散歩がてら寄ってみたとのこと。小学校時代の面影と目の前の当人が重なるのにしばらく時間がかかった。彼女は今の塾の建物になる前に卒業したので、入るのは初めてとのこと。この建物になってから13年、その前の様子は記憶の中にしかない。妹の睦美さんは中学の頃の印象そのまま。仕事のほうは、今日はたまたま休みだが、責任ある立場で頑張っているとのこと。昔から、責任感の強いしっかりものだった。高校受験の時に、あげるつもりで貸した古典の問題集(せっぱ詰まった状況で、極秘のアドバイスが的中、同じ問題が出題された)を、合格後きちんと返しにきたのを、今思い出した。睦美さんと小学校時代仲の良かった餘野木さんが数年前、「沖縄に転居することになった」と赤ん坊を抱いてきたのも思い出した。


2000年10月27日
・・・竹村陽平。午後9時30分過ぎ、中学生は既に帰宅し、高校生が数人残っていた塾にネクタイを締めた若者が現れた。中3卒業以来8年になるが、中学生の頃から特徴的だったくっきりした目はそのままに落ち着いた社会人になっていた。双子の兄の大助と中1の時から塾にきた。3歳年下の妹春香は小学5年から塾に通った。それぞれが元気に活躍しているとの事を聞いて大変うれしく思った。世田谷のほうに転居予定との事。彼も大助もコンピュータに関連した仕事をしているので今後何かあれば助言してもらえるだろう。今年23歳になる。


2000年7月3日
・・・銅谷真純。午後9時過ぎ、塾の授業の終了後、廊下に麗しき女性が立っていた。大学生の時にも顔を出してくれていたから3、4年しかたっていないのだが、すぐに誰とわからなかった。カナダの土産を持ってきてくれたとのこと。まだ、高校生の生徒が残っていたため、廊下での立ち話しかできなかったが、現在大学を卒業して、外国人対象の日本語教師になるための勉強中であり、そこで様々な国の友人ができたこと英語は不自由なく使えること、デンマーク語もわかるということ、英語の勉強はテレビ、ビデオのドラマや映画を教材にして独学したことなどを話してくれた。小学生、中学生の頃、随分厳しいことも言ったが、それに耐え(馬耳東風と受け流していたのかもしれない?)卒業後も時々近況を報告に来てくれるとは大変うれしいことだ。今後の活躍を期待したい。


2000年3月25日
・・・佐藤孝彦。明治大学理工学部に合格、進学することにしたとのこと。小6の入塾以来高校までよくがんばったと思う。町田のパソコンショップで会ったりするなど、不思議とよく見かけることがあった。春期講習の初日で忙しくろくに話もできなかったのでまた大学が始まってからでも、落ち着いて話を聞きたいものだ。父上の経営する出版社の新刊をお土産に持ってきてくれた。


2000年3月8日
・・・秋元健太郎。東京都立大学(理工学部)に現役合格したとのこと。それなりに努力したとのことだが、中学高校ともともとのセンスのよさで乗り切ったようにも感じられる。そういえば、中学3年のときも、中間期末と連続100点を取ったことがあった。しかし内申に5はもらえず私もいぶかしく思ったことがある。何はともあれおめでとう。


2000年2月24日
・・・武藤陽子。大学合格の報告にあらわれた。青山学院、学習院、明治など受験した7校を全て合格したとのこと。本人鼻高々の様子。もともと朗らかなたちだが、今日は特別明るいのも、無理はない。小学校時代に受験生として通塾、その後私立中学、高校。昨年、5年ぶりに顔を出してくれたとき、頑張っているようだったので期待していたが、喜ばしいことだ。


2000年2月16日
・・・村川竜太。人懐こい笑顔でやってきた。大学の合格発表の直後であるためか、すこぶるご機嫌だった。まだ本命の大学の発表はまだなのだが、とりあえず3校合格したとのこと。あまり勉強熱心とはいえない(失礼?)彼が現役で大学生、やるときはやるタイプなのかな。そういえば高校入試の時も勝負強かったかな。何はともあれおめでとう。弟思いの姉にもずいぶん心配をかけたようだが良かった。(姉からはメールをたびたびもらっている)小学校五年のとき、親にだまされて塾につれてこられてから(これは本人の弁)、6年ほど在籍した。


2000年2月5日(土)
・・・柴田浩平、岡本壮史。今年の成人式で再会したのが塾を訪れてみようというきっかけになったらしい。柴田君からはメールをもらっていたので近況はわかっていたが、8年前の小6のとき以来会っていないのでどのように成長しているか想像できなかった。だが、昔の面影は残しながらも、素直そうな好青年に成長していた。今、武蔵工大の2年生。電気の勉強中で、大学院に進む予定とか。岡本君は立教大学文学部の一年生で、西洋史を専攻するらしい。中学時代と体つきは大して変わっていないが、自分の進むべき道を見つけた自信のようなものが感じられた。二人とも当塾で教えている同期の藤林君(早稲田大学理工学部2年)にも会いたがっていたが、用事があるとかで、藤林君がくる15分前に帰っていった。またきてくれるとのこと。

 


1999年7月10日(土)

・・・坂下夏美。この春から三菱電機で働いているという。髪の形や、ピアスなどすっかり今風のOL。でも時々小学生時代と同じ表情をするのが懐かしかった。桜美林中学高校から学習院短大をへて社会人。仕事はまだまだ新人のようで、覚えるのに苦労しているようだが、やがて仕事にも自信を持てるようになるだろう。彼女の姉も当塾の卒業だが、もう結婚して子供も居るそうだ。


1999年5月31日(月)

・・・藤茂健史。塾のホームページを見たとのことで、2日前にEメールを送ってきた。ヒマな時にでも寄ってくれと返信しておいたら早速来塾。中学卒業以来だから6年以上たつ。今、明治大学理工学部の4年生、就職活動中とのこと。中学時代からまじめであったが、明るさと自信とをさらに身に付け、好印象の青年になっていた。かならずや彼の希望に合うような会社が見つかると信じている。ホームページも持っているので見てやってください。

http://www01.u-page.so-net.ne.jp/dc4/mossabay/


1999年5月8日(土)

・・・村川舞子。桜美林中学、高校時代はちょくちょく遊びにきていたが、さすがに大学生になると忙しくなったものか久々にあらわれた。現在、駒澤大学の三年生。テニスのサークルがかなり厳しいサークルらしく、週に三日は練習をしているとのこと。前回来た時は、大学の課題でビジュアルベーシック(プログラム言語)を教えてくれといっていたのでちょっとだけアドバイス(それほど私も出来ない、と言うより初心者)したが、その後もやっているんだろうか。弟の竜太は今年大学受験だが、勉強しているのかな。


1999年4月1日(木)

・・・渋谷葉。電話の後、来塾。昨年後半、入院生活をしたとのことだったが、今は元気そうで安心した。入院中の写真、大学での成績表まで持参。明治学院大学の3年になるが、今年度の履修科目の選定を塾でするために来たとのこと。小学校の4年から6年まで通い、その後もちょくちょく顔を出してくれてはいたが今回は3年振りかな。以前は落ち着かない子供だったが、すっかり落ち着いた大人になっていた。


1999年3月30日(火)

・・・嵯峨真佐人。明治大学理工学部に進学したとの報告のため来塾。友人の山口も一緒。嵯峨は中1〜高1まで通塾、数学は良く出来た。ちょっとななめに構えているようなところもあったが、1年の浪人生活が変えたのか、あるいは本来がそうだったのか素直な青年に成長していた。好きな数学を思う存分やってほしい。山口嗣文は桜美林大学の2年になる。


1999年3月29日(月)

・・・小松芳樹。大阪から友人に会うため、朝の新幹線で来たとのこと。塾仲間だった三宅、山元と一緒に顔を出してくれた。(今年、高校2年になる)小学校卒業後、大阪に引っ越して、以来すっかり大阪人のようだ。こてこての大阪弁、ちょっと私の耳には快適ではないが、がんばっているようだ。3人とも勉強はちゃんとやっているようだ。


1999年3月6日(土)

・・・田中一君と、彼のお父さん。一君は、今春「慶応大学理工、早稲田大学理工」に合格。慶応に進学することになった。彼はついこの間まで6年半も通ってきていたので全然久しぶりではないのだが,良くがんばったものだと思う。ガリベンではなく、サッカーや山や電車やさまざまなことに興味を持ちながら、まじめにやるべきことはやるというタイプだ。久しぶりに感じたのは、彼の父上だ。3年前と、7年前にお会いしているのだが、あい変わらずにスラリとした長身で若若しい。まあ、私よりは随分若いのだから当たり前なのかな。今春、妹の愛さんも、多摩高に合格した。体調を崩して入院中だが、今後も無理しないでのんびりとやってほしいものだ。

・・・3月5日  片桐さやか、土方明日香。二人とも高校卒業の挨拶。さやかは法政大社会学、土方は神奈川大理学部に行くとのこと。高校でも通ってきていたので久しぶりではないが、彼女たちが中1、中2の頃を思い出した。みんなそこそこにまじめだったが、元気も良かった。ヒマな今、パソコンのブラインドタッチの練習をしなさいとアドバイスしておいた。さやかの妹の由加里も多摩高進学。高校でも通ってきている。


1999年1月28日(水)

・・・三好裕子(現在大妻多摩高校2年)高松雅子、小橋舞(二人とも桐光高校2年)・・彼女たちは小学校のころ受験生として通塾、それぞれに中学から私立。小学生のころの様子そのままに元気よく明るく成長していた。(元気過ぎてうるさい)三好は5年ぶり、小橋、高松も4年ぶりかな。学校がえりらしく、制服のまま。きちんとした服装だったのは、私立のせいかな。今年は大学受験生、がんばってほしいものだ。


1999年1月6日ころ

・・・高橋智恵、章二姉弟・・姉智恵が赤ん坊を背に弟とともに冬期講習中に訪問。現在は長野県茅野にすんでいるとのこと。結婚したとは聞いていたが、子供を連れてきたのは、私の教え子では二人目。中学3年間通塾し、國學院高校から國學院大學、そして今主婦、24歳かな。大学生のころ経済の質問にこられて困ったのを覚えている。弟章二は6年間通塾した。あまり話せなかったが好青年になっていた。いま21歳?、高校のころ、音楽を目指すとかいっていたがどうなったのかな。

・・・藤村文、中島航平、熊谷浩平、宮田綾、川渕健一郎(藤村は桜美林大2年、中島は東京農大2年、熊谷は東京理科大2年)宮田、川渕は中学卒業以来だったのに、わたしの授業中だったため話をすることができず残念。


1998年9月末

・・・高砂和重・・中学のころと顔つきは変わっていないが、筋肉質なからだつきにびっくり。百合丘高校から大東文化大を経て、編入で早稲田の教育学部で体育教師になるための勉強中とのこと。テニスのインストラクターもしているとのことなので、ぜひ、一緒にやってみたいものだが。24歳か。


1998年8月末

・・・清水康司・・小5のとき在籍、小6になる春、ロンドンへ。以来イギリスに滞在。今回は一時帰国とのこと。今高校2年。小学生の時の面影を残しながらも、立派に成長していた。21世紀に活躍する国際人になることだろう。

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